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気だるき1日生きるだけ

日々の備忘録。思った事とかとりあえず書いてみるブログ。

相模原市事件のその2の話し。

昼にも書いたのだけれど、やっぱりこの事件は本当に良くない。

朝からニュースで持ちきりですし…

 

一応、時事問題やニュースに関して自分の意見を述べるのはなんとも複雑ですが。

かなり重いテーマになります。

 

犯人は色々支離滅裂な手紙を衆議院議長宛に送ってるサイコパスな計画だし動機は「尊厳死」だと思うんですよね。

 

尊厳死ってご存知でしょうか?

人間が人間としての尊厳を持って死に臨むこと。と定義されています。

安楽死とどう違うの?と思いますが

「表現方法の違い」です。

殆んど同じと考えてもらって構いません。が!

 

今回の事件に関して言うなら尊厳死だなんて謳っておいて被害に遭われた方の尊厳なんて一切無視とても残忍な方法で殺人って神にでもなったつもりなのでしょうかね?

 

 

事件と照らし合わせるなら不謹慎な発言だと思いますが尊厳死に関しては正直、賛成です。

もちろん日本ではそういう類いのものは法律や憲法で認められていませんが

福祉関係者の視点からと身内からの視点の両方から意見します。

 

まず福祉関係者の視点から書くと

やっぱり家族と本人の問題で、家族の経済的な理由や本人の身体的なハンディキャップや本人の将来的な不安。

それなら家族に迷惑をかけず、いっそこのまま…だと思います。

今日の日本では医療も進歩していますが本人の死にたくても死ねないという精神的な負担は本当に計り知れないし、いわゆる「生き地獄」と考えている方もおられるはずです。

 

身内としての意見としてですが、

例えば自分の家族が病気になった、認知症や障害が残った場合にちゃんと受け入れれるのかなって思うんですよね。

受け入れるしかないんですけども、威厳のある自分の家族が例えば呼吸器なんかたくさんついていれば果たして人間と言えるのでしょうか?

 

以上が自分の尊厳死に対する考え方です。

 

この意見に対して不快に思う方もいらっしゃるはずです。

真剣に取り組んでいる方もおられますし、管がついていても本人の心臓が動いていれば人間なんだ!って考えの方もいます。

 

色々な考え方の人がいます。

尊厳死安楽死については死生観が必ずつきまといます。

仮に本人の意思のもとって言うのが大前提だと思いますし本人の死に様は本人が決めるはず。

 

ほんと猟奇的殺人でしかありませんし

尊厳死という名目で自分の殺人を肯定するなんて本当に人のする事ではないですよね…。

 

被害に遭われて亡くなられた方のご冥福、そして重傷を負われた方々の1日も早い回復をお祈り致します。