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気だるき1日生きるだけ

日々の備忘録。思った事とかとりあえず書いてみるブログ。

【感動ポルノ】愛は地球を救えてる?話。

今年もありましたね、24時間テレビ。
今年は色々とあったので一時はどうなることかと思ったが「なかった事のように」事が進んでいる。

テレビの世界は本当に恐ろしい。

さて、自分は正直この手の番組に関してはあまり肯定的ではない。
福祉の業界で働いているというのもあるのだが、なんだか「お涙ちょうだい」とも思えるのだ。
実際ツイッターのトレンドに感動ポルノがランクインしている。

感動ポルノとは?


確かに障害者の病気への知識や生活に対しての理解を深めることに関してはいいと思う。
しかしだ、自分としては「だからなに?」になってしまう。
「障害者のエピソード=感動」な感じがどうも嫌なのだ。
テレビの企画としては「全盲の先生」がいる事は「感動が期待できる=数字が取れる」とも言えよう。
それに過剰なまでの番宣まである。

正直「エサ」なのでは?
どこかで障害者というフィルターを通して見下しているのでは?
と思ってしまうのである。
世間から偏見の目で見られたり後ろ指を指されたりそういった人達を「テレビに出してあげている」のでは?


例えば先天性の障害が人が居よう。
本人にとってみれば生まれつきの障害であり仮に歩行が困難だとしても今までの人生で足と言うものに対しての執着はずっとあっただろうか?
それに対しては幾分の手段はあるはずなのだ。
義足などの装具、車椅子、歩行器、それが足として機能しているならば素晴らしい事だと思うのだ。

それを「歩けなくてかわいそう」といつの間にか思っているのではなかろうか?
それはあくまで自分の主観でしかない。
実際にその人に言われたのだが
「ヒザ下が変形ロボみたいでカッコいいやろ?オレにしかできひん特権や!」
と言う考えの人もいるのだ。




なんと言うか24時間テレビを見ると本当に複雑な気分になる。
障害者だから、被災者だから「かわいそう」と言う感情を植え付ける印象操作として自分は捉えてしまう。

障害があろうが、被災しようが人生にはどうしようもない事が沢山あるのだ。
それでもみんな生きているのだ。

それを再現ドラマだとか視聴率だとか募金、チャリティだとかの動機付けの道具になっているのが凄く複雑だ。
テレビと言う媒体を通しているのがなおさらだ。
それでもやはり出演者にはギャラが入るんでしょう?とも思うと怒りにも似た何かがこみ上げてくるのだ。



それよりも自分はパラリンピックを大々的に放送してほしいのだ。
もちろん「かわいそう」と言う感情ではなく「すごい」や「素晴らしい」である。
実際陸上用の義足なんていうものに関しては技術の塊とも言えるし車椅子テニスだって座った状態で健常者以上のスピードのサーブを打つ選手だっている。
ハンディキャップだからとかではなく人間の「可能性」に関してである。

長々と想いをぶつけてしまったが、やはりもっと障害に対して周知されるべきではないだろうか。