気だるき1日生きるだけ

日々の備忘録。思った事とかとりあえず書いてみるブログ。

【猫の皿】プチ猫ビジネスの話し。

今日の某お笑い番組で三遊亭円楽が大トリで落語を披露していた。
演目は「猫の皿」
自分は落語はあまり観たり聞いたりはしないが、職業柄少しだけ知っている。
とは言え「芝浜」や「饅頭こわい」に「寿限無」の触り程度を教えて貰ったことがある。


落語はジジイのトンチ話なんて時代はとうに過ぎたように今日では落語が密かにブームになっている。
実際男前な噺家だっているし美人なお姉さんもいるし…。

猫の皿に話しを戻すとざっくりあらすじをば。


設定は江戸時代。
古物商の商人が川越の茶屋に立ち寄った際、茶屋で飼われていた小汚い猫がいた。
その猫用の皿が高麗の高価な皿だと気付き、江戸に売れば金300両以上で売れると踏み猫を3両で買いたいと言う。
勿論、茶屋の主人が高麗の逸品を使っているなんて知る訳もないだろうと商人は思う。

要は猫を3両で買って皿も一緒に貰い、江戸で売れれば大儲けできるという魂胆である。


しかし主人は高麗の皿より欠けた猫の椀があるので、それを差し出す。

商人は言う。
「猫には食べ慣れた器の方がよいだろう、あの皿を譲ってくれ」

主人は「いえ、あの皿は高麗製の高価な皿で300両、江戸で売れば500両する逸品でごぜぇます」

商人は言う「ではなぜそのような皿で猫にメシをやるのだ?」

「いえ、こうしていると時々猫が3両で売れるのでごぜぇます。」


と言う主人の方が一枚上手だった噺である。

三遊亭円楽の噺だと猫を着物の懐に入れたり手指を舐めさせたり猫をかなり可愛がり挙げ句の果てに小便をかけられ毛がついたりで着物がダメになる。
結局その後猫をどうしたのかは知らないが、まさに踏んだり蹴ったり。




さて、話しを茶屋の主人に変えよう。
自分が思ったのは「割に合わない」と言う事である。
高麗の皿が300両、時々猫が3両で売れるなんて割に合わないはず…。
実際のところ皿の値段を知っているのなら猫3両と言わず猫とセット500両なんてのが商売ってもんではなかろうか…。

正直主人が皿をいくらで買ったのか譲ってもらったのかは知らんがやはり300両に届くまで猫100匹の利益でようやく初期投資の回収が出来るので江戸時代の街道の茶屋としては回転率も悪いように思う。




自分なら中古という事で400両で猫と皿を売りつける。
勿論商売をしている身ならば「安く買い、高く売る」のが鉄則であろう。
それならば500両の逸品をそれ以上の値段で売りつけるのが商人の仕事なはずだ。

ペットショップにて動物を飼うとしてともケージやペットシーツ、猫砂なんてもの一式は絶対に付属されない。
それを猫と皿セットで400両ときたもんだ。
言うならば「すぐに飼えるし餌やれるぞ!」
と言う具合のお得ぶりである。
江戸の世ならばそんなセットは必要ないだろうし、商人も皿が目当てなので買うならきっとその後猫を放すだろう。

しかしここまで来れば商人も着物を汚されたあげく、先走り3両で猫を買うといった身であればどんどん退路が絶たれてくるだろう。


さぁ、どうする商人よ。
400両で皿と猫。
中古であるが高麗の逸品(猫により多少の使用感あり)
江戸で馬鹿な金持ちに売れば500両にも価格が昇るだろう。
売り方によれば100両の利益が出る訳だ。

主人側としてもいきなり400両の利益を出して新しい高価な皿を買い、同じ事をしていれば自然とまた売れるはずなのだ。
お互いに損はない。



さぁ、どうする商人よ。


さぁ!!

さぁ!!!



まぁ…買ったとしても
小便臭い猫毛だらけの着物を着た商人を屋敷に招き入れるなんて恐ろしくて出来る訳ないんですけどね?






お後がよろしいようで。